江戸時代①
1603年初代徳川家康が開き、 15代徳川慶喜まで続いた 265年間を 江戸時代 という。 江戸(東京)に幕府があったんだ。🍣
江戸幕府の成立
豊臣秀吉がなくなったあと、 全国の大名を東軍と西軍にわけての、 大きな戦がおきた。
- 関ヶ原の戦い1600年、徳川家康 ひきいる東軍が、石田三成ひきいる西軍と関ヶ原(岐阜)を中心に激突。結果は東軍の勝利。
- 江戸幕府1603年、家康は征夷大将軍に任命され、江戸(東京)に幕府を開いた。
- 大阪の陣江戸幕府が豊臣家を滅ぼした戦だ。1614年の大阪冬の陣、1615年の大阪夏の陣の2回あった。
大「坂」の陣と書かれることがある。というのも、この当時は「大阪」じゃなくて「大坂」と書いていたんだ。
江戸幕府は、全国を支配するしくみを作った。
- 幕藩体制幕府と藩で全国を支配するしくみ。3代目 徳川家光 のときに完成した。
- 幕領幕府が管理する領地のこと。天領ともいうよ。重要な場所は幕府の持ち物とした。全国の4分の1が幕領だった。
- 藩地方の領地と政治組織を藩という。都道府県みたいに分けたんだね。石高 1万石以上の藩主(領主)を大名という。
みんなが住んでいるところは、江戸時代は何藩だったかわかるかな。幕領だったかもしれないね。
藩のトップの大名だけど、これには3種類あった。
- 親藩大名徳川氏一門。
- 譜代大名関ヶ原の戦いの前からの家臣。
- 外様大名関ヶ原の戦いのあとからしたがった大名。
親藩・譜代大名は京都・大阪など大切なところに、外様大名は江戸から遠いところに配置した。
江戸幕府の組織のトップは将軍で、その下にいろいろな役職があった。
- 老中江戸幕府の政務をとりしきる偉い人たち。たまに 大老 というボスがおかれることもあった。
- 三奉行寺社奉行、町奉行、勘定奉行の3つ。それぞれ、寺社、町、お金の管理がお仕事。
- 京都所司代京都(朝廷)や、西国大名のみはりだ。
大名や朝廷をとりしまる決まりごとをみてみよう。
- 武家諸法度大名をとりしまるための法。違反したら改易をふくむきびしい罰があった。
- 参勤交代制3代将軍 徳川家光 が定めた。大名に藩と江戸を1年交代で往復させた。
- 禁中並公家諸法度こちらは天皇や公家の行動をおさえるための法。
これらの目的はズバリ、反乱の防止だ。
さまざまな身分
江戸時代はきびしい 身分制度 があった。 「士農工商えた・ひにん」だ。
①武士
武士 は士農工商の「士」。 名字をもつこと、帯刀が許されていた。城下町に住んで政治や軍事を行っていた。
②百姓
士農工商の「農」。人口の8割以上は百姓だった。
- 本百姓田をもっていて、年貢をおさめる必要がある。
- 水のみ百姓田を持つことができない貧しい農民。
- 年貢本百姓は収穫したお米の40〜50%を、領主(大名)に収める必要があった。
農民の生活についてみてみよう。
- 慶安の御触書1649年に幕府が出したといわれている、百姓の生活の決まりごとだ。
- 村役人農民には 庄屋 (名主)、組頭、百姓代 の役職があった。代表、補佐(代表を助ける)、監査(みはりをする)などを行っていた。
- 五人組5、6戸の農家を組ませて連帯責任をとらせる。犯罪やキリスト教徒をしらせたり、足りない年貢を互いにおぎなわせたりした。
これらの制度の目的は、年貢の確保だ。
③町人
町人とは、 ものづくりなどをする 職人 と、 商いをする 商人 のこと。 士農工商の「工商」の部分だ。
④えた・ひにん
「穢れ多きもの」と書いて「穢多」、 「人に非ざるもの」と書いて「非人」。 差別的な身分だ。
外交と鎖国
徳川家康は、最初は 「貿易をどんどんしなさい」とすすめる立場だった。
- 朱印船貿易大商人に朱印状という許可証をあたえて、貿易を奨励した。
- 日本町東南アジアに日本人が治める町がつくられた。
ヨーロッパとの貿易でいっしょに入ってくるのがキリスト教。いろいろな事件がおきる。
- 禁教令キリスト教徒たちが幕府のいうことをきかないので、1612年、宣教師を国外追放し、キリスト教徒を迫害した。
- 島原天草一揆1637年、島原(長崎)にて天草四郎を中心にキリスト教徒の農民一揆がおきた。抵抗がすごくて幕府側は苦戦。
- 絵踏キリスト教徒をみつけだすために、聖母マリアの絵を踏ませること(このとき使った絵を踏絵という)。
- 寺請制度キリスト教徒をふやさないために、人びとはみな、日本の寺院の檀家となる決まりにした。
キリスト教にこりた幕府は、 そのまま外国との貿易を制限した。
- 鎖国国外との貿易を制限したこと。鎖で日本が囲まれていて、入ってこれないイメージ。
鎖国のもとでのも外交が許されていた国もある。
- オランダ ヨーロッパで貿易が許された例外。1641年、長崎出島 にオランダ商館を移転したよ。
- 清中国で満州族が明をほろぼして建てた国だ。長崎を窓口として、長崎貿易をおこなった。
- 朝鮮国交を回復し、 朝鮮通信使 が訪れるようになった。
- 琉球王国1609年、琉球王国(沖縄)が薩摩藩(鹿児島)の島津氏によって征服された。清と朝貢貿易をおこなった。
- 蝦夷地松前藩(青森)が蝦夷地(北海道)のアイヌと交易していた。1669年、アイヌの首長 シャクシャイン らによる反乱があったが、これをおさえた。
産業の発達
長かった戦乱の世もおちつき、さまざまな産業が発展していくよ。
①農業の進歩
- 新田開発幕府や藩が奨励して、田んぼを2倍に増やした。
- 技術の進歩深く耕すことができる 備中ぐわ、籾を穂からはずすための 千歯こき などの農具が開発された。肥料も使われるようになった。
- 商品作物お金にすることを目的とした作物もつくられるようになった
②いろいろな産業の発達
もちろん、農業だけじゃなくて他の産業も発達したよ。
- 水産業全国各地で漁が盛んになった。
- 鉱業佐渡(新潟、金)、石見(島根、銀)など。
- 特産品各地で酒、食品、工芸品が作られるようになった。
江戸幕府は 寛永通宝 という銅貨を作ったよ。
③交通の発達
幕府は主要な道路である 五街道と、脇街道を整備した。街道には関所もできた。
海路も発達した。大阪と江戸の間を、 菱垣廻船 (木綿や油、醤油をはこぶ)、 樽廻船 (酒をはこぶ)が運行するよ うになった。 東北と北陸の年貢米をはこぶために 西廻り航路 、 東廻り航路 の新航路が開発された。
これらの交通路沿いにあった 宿場町、 門前町、 港町は大いに栄えたよ。
三都の繁栄
三都 とは 江戸、大阪、京都のこと。 江戸時代に大きく発展した都市のトップスリーだ。
- 江戸政治の中心。キャッチフレーズは「将軍のおひざもと」。武士や町人が集まり、人口は100万人をこえた。
- 大阪商業の中心。キャッチフレーズは「 天下の台所 」。大阪には 蔵屋敷 (倉庫と邸宅を兼ねた建物)がおかれ、特産物を販売したよ。
- 京都学問や文化の中心。 京焼や 西陣織 などのすぐれた工芸品を生産した。
これらの都市では町人が大きな力をもつようになった。
- 株仲間同業者組合。 幕府の許可をとって商売を独占した。
- 両替商東日本の金と西日本の銀を両替する商売。手数料で大儲けして、大名にお金を貸すまでになった。
元禄文化
元禄文化 は 上方(京都、大阪)中心の町人文化だ。 華やかさが特徴。
- 文学 井原西鶴 が人々の生活をもとに 浮世草子 を書いた。
- 演劇 近松門左衛門 の 人形浄瑠璃 や、 歌舞伎 が人気だったよ。
- 俳諧 松尾芭蕉 が「奥の細道」を執筆。
- 絵画 装飾画では 俵屋宗達 、 尾形光琳、浮世絵では 菱川師宣 が作品を残した。
江戸時代の前半は終わり。ここらで一休み。


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問題 | 採点 | 問題 | 採点 |
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第 2 問 | ○ × | 第 7 問 | ○ × |
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第 4 問 | ○ × | 第 9 問 | ○ × |
第 5 問 | ○ × | 第 10 問 | ○ × |
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